東京地方裁判所 昭和56年(ワ)3923号 判決
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【判旨】
二そこで、被告らの抗弁1贈与の主張について検討する。
被告らは要するに、ハナコは、昭和三九年七月二四日被告乙行に対し、本件土地上にハナコが建築した本件建物と共に本件土地を贈与し、次いで同五三年四月頃被告乙江に対し、同人が高校生になり専用の部屋が必要となつだことから本件建物部分を贈与したと主張し、ハナコが昭和三九年七月二四日被告乙行に対し本件土地上にハナコが建築した本件建物を贈与したことは当事者間に争いがなく、<証拠>中には、右主張に沿う各供述部分が存する。
ところで、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。即ち、
ハナコは昭和二一年当時本件土地を含む自己敷地内の建物で「花乃家」なる屋号の芸妓置屋をやつていたが、その頃右置屋の芸者衆の長唄の師匠として出入りしていた被告乙行を、双方の便宜を考えて同建物に同居させたこと、ハナコは自分に子供がいないことから昭和二五、六年頃被告乙行に対し養子にならないかと申入れたが、同人は長男であつたこともあつてこれを断わつたこと、その後被告乙行は昭和三四年ハナコの世話でタミ子と結婚しハナコの家を出てアパートに移つたが、ハナコは昭和三九年前記建物を改築することになり、その際被告乙行の家族のために自己の費用をもつて本件土地上に本件建物を築造して被告乙行に贈与して(同年七月二四日)被告乙行名義の保存登記を経由するに至り、これ以降被告乙行の家族は本件建物で生活し、本件建物に隣接して改築された建物に居住するハナコとの間で、タミ子及び被告乙江らがハナコの食事・用足し等の日常の世話をするなど家族同然の親密な付き合いを継続していたこと、そして、昭和五三年被告乙江が高校生になる頃、弟との関係もあつて専用の部屋が必要であるとのことから、ハナコの了解を得て、その頃間借人が退去した本件建物部分を同被告において使用することとなつたこと、以上のとおりであり、<証拠>中、右認定に反する供述部分は前掲各証拠に照らし措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
以上の各事実からすれば、被告乙行とハナコとは、単に芸妓置屋の主人とそこに出入りする長唄の師匠との関係に止まらず、同被告の家族共々いわば家族同然の親密な結び付きを持つていたものというべきであり、それ故にハナコは、昭和二五、六年頃被告乙行に対し、養子にならないかとの申入れをなし、同三四年同被告の嫁の世話をし、同三九年七月二四日には同被告に本件建物を贈与したものということができるのであるから、この点に鑑みると、さらにハナコは、右同日本件建物と共に本件土地を贈与し、次いで同五三年四月頃本件建物部分を贈与したのではないかとも思われ、この旨を述べる前記各供述部分は措信できないでもなく、したがつて、被告らの右贈与の主張が肯認されるようにみえないでもない。
しかしながら、右各供述部分をそれぞれ仔細に検討するならば、まず、右各供述部分が、受贈されたとする本件土地即ち本件建物敷地部分の面積を二〇坪とする点は、本件土地がハナコ居住建物の改築と本件建物の新築に際して(前認定のとおり)受贈されたとするにしては、漠然として不正確(<証拠>に弁論の全趣旨を斟酌すれば、右敷地部分の実際の面積は、別紙物件目録(一)における図面記載のとおり、55.74平方メートル=約一七坪である。)であり、また、木造二階建の普通建物の一室が贈与されたとする点はそれ自体稀有なことといわざるをえないのにもまして、ハナコが右一室を被告乙江が嫁ぐまでやると発言したことをもつて受贈されたものと把えているかのような点はいささか無理があるというべきであるし、本件土地につき贈与を原因とする所有権移転登記経由(名義書換)がなされなかつた理由ないし名義書換の要求・申出をしなかつた理由につき、一方で贈与税を負担する余裕がなかつたからと述べたり、他方で、そもそもかかる要求・申出をするような関係ではなかつたとしてこれを否定するかのように述べるなど首尾一貫しない点が散在するなど、右各供述部分はそれ自体直ちに措信し難いところが存する。
しかのみならず、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
ハナコは甥の子供である原告を幼少の頃からハナコ宅に出入りさせて可愛がり、特に、前述の被告乙行との養子話が立消えになつてからは原告を養子にしようと考え、昭和三五、六年頃原告の親にこの旨申入れたりし、また、原告は同四八年三江子と結婚後約一年間ハナコと同居したりしていたが、ハナコは同五三年七月七日原告及び妻三江子と養子縁組をするところとなり、原告はハナコの死後、同人宅に家族と共に居住して現在に至つていること、他方、被告乙行及びタミ子は本件建物受贈後ハナコに対し、本件土地及び本件建物部分につき、名義書換の申出を特になさず、しかも、本件土地及び本件建物部分の贈与税・固定資産税等の公租公課を一切支払つていないし、支払う旨申出もしていないこと、また、ハナコが死亡した際、本件土地及び本件建物部分は相続財産ではないとの申出もしていないこと、被告乙行の妻タミ子は、ハナコの葬式の約二週間後原告に対し「長年ハナコの面倒を見て来たのだから本件土地を頂きたい。」と申出たが、その直後同被告及びタミ子は「本件土地はハナコから貰つたものだ。」と言い出したこと、ハナコは机帳面な性格で、自己の所有家屋ならびに敷地利用権を訴外丙野一郎に贈与するにあたり原告を立ち会わせたうえ書面によりその旨を明らかにしていること、また、権利証等重要書類はハナコが所持保管し、その死後は原告が保管していたこと、さらに、被告乙行らはハナコに対し特別の経済的援助・出費をなしたことはないこと、以上のとおりであり、右認定に反する適確な証拠はない。
以上の各事実によれば、ハナコは、一時被告乙行を養子にしようと考えた時期があつたけれども、遅くとも昭和三五、六年頃から結局のところ、原告を養子にする、即ち、後継ぎにしようとの考えに落ち着いたことが窺い知れるところ、他方、被告乙行、妻タミ子及びその子被告乙江は、本件土地及び本件建物部分に関し、ハナコないし原告に対し、所有権移転登記の要求、公租公課支払の申出をせず、又、贈与税支払の準備も、ハナコへ別段の経済的援助もしていないなど、贈与を受けた者の態度・行動としてはいささか不自然な点が少なからず見受けられるというべきであり、これらの点に、机帳面がハナコとの間で、別件のごとき贈与に関する文書が存しないことを併せ考えるならば、前述したハナコと被告乙行らとの家族同然の親密な結び付きの下での本件建物贈与等の事実だけから、被告ら主張の本件土地及び本件建物部分の受贈を推認するのはなお不充分といわざるをえず、翻つて、本件土地及び本件建物部分をハナコから贈与を受けたとする前記各供述部分はたやすく信用することができず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
以上の次第で、被告らの贈与の主張は採用できない。 (樋口直)